少し前のこの記事 ⇓
https://th-and-co-yasuko.com/wp-admin/post.php?post=621&action=edit
https://th-and-co-yasuko.com/wp-admin/post.php?post=624&action=edit
この記事を書いた時点では
大きな山を越えて
ここからは新たなペースで
日常生活や仕事を回していけると
いったん安堵していたのですが…。
実はそうは問屋が卸さず
怒涛の日々は10月では終わらずに
11月もさらに怒涛の日々を送っていました😅
勤め仕事はいったん落ち着き
また、個人事業の方も
新たにオンラインサポートの
準備も整って「いざ!」っと
前進しようとしていた矢先に
これらのことは起こりました。
まずは、別暮らしをしている
主人の入院と手術
さらに、無理が祟ったのと
急に寒くなって悲鳴をあげた
自身の突然の腰痛
さらに追い打ちをかけるように
わたしにとっては
もう一人の「母」と言える
大事な叔母の逝去…。
息つく暇もなかった
9・10月以上に
ハードな3週間を過ごしました。
主人の手術は命にかかわるものではなく
内視鏡を使っての手術だったので
術後の回復も早く
既に寺の仕事に従事できるまでに
体力も戻っているのですが
それに代わってわたしの腰が
栃木と首都圏の数回にわたる
往復のための移動と長距離運転
さらには
このところの急な寒さもあって
さすがに悲鳴をあげました。
足揉みを始めてから
腰痛が起きるということは
まったくと言っていいくらい
なかったのですが…。
実は寝返りさえも厳しい日もあったのです。
しかし、主人の入院手術の付き添いで
仕事に穴をあけてしまったので
腰痛の間も務め仕事は休まずに
なんとかこなしていました。
そこへ追い打ちをかけるように
知らせが舞い込んだのが
叔母の逝去でした。
叔母は数年前に
「レビー小体型認知症」と診断され
ここ3年ほど施設でお世話になっていました。
子どもをもたなかった叔母の
実の弟である叔父から
10日ほど前に連絡があって
食事が摂れなくなったとのことだったので
実の孫と言っても過言ではない
わが子たち3人と
叔母に会いに行こうと
施設と連絡を取っていた
矢先の出来事でした。
そう、間に合わなかったのです。
一目会えたらと思ったのですが…。
でも、今思うと
今ようやく落ち着いてきたこの腰痛は
もしかしたら叔母からの
何らかのサイン、知らせだったのではと
そのようにも思います。
きっと、会いに来てほしかったのだろうと…。
少し前に会いに行ったとき
すでに叔母はわたしのことも
わたしの息子のことも
分からなくなっていました。
しかし、苦しい息の中で
最後にわたしを求めてくれたのかなと
嬉しくもあり、悲しくも感じた
そんな出来事でした。
叔母の葬儀告別式を
無事終えることができましたが
実は叔母はわたしの自宅寺院の
墓地に弔われることになっています。
いつでもそうしたいときに
叔母の供養ができる環境なので
今後も叔母への
言い尽くせない感謝の気持ちを
墓前に手を合わせながら伝えたいと思います。
そう、自宅寺院には
実母、義母、そして今回亡くなった
もう一人の母と言える叔母
3人の母が眠っています。
いつもわたしを
そしてわたしたち家族を
見守ってくれています。
今のわたしがあるのは
この3人の母はもちろんのこと
多くの方に育ててもらい
支えてもらったからに他なりません。
今回、叔母の葬儀告別式では
久しぶりに実の弟たちや
親戚が顔を合わせることができました。
自分も来年には還暦を迎えるということもあり
こうした機会は貴重だと感じますし
わが身のこれからについて
想いを馳せるきっかけをもらいました。
「寺」という俗世間とは
やや異なる場所に嫁いだ身として
自分の人生の意味を
ここで今一度
再考してみても良いとてい感じます。
そんなことも踏まえながら
今後の自分の在り方を
今までとはちょっと違った視点から
考えてみようと思うことができました。
叔母の葬儀告別式を終えて
力が抜けてほっとしたのか
身体がこの寒さに慣れてきたのか
腰の具合もだいぶ落ち着いてきました。
仕切り直してまたここから
今後の活動について
今後のわが人生について
自分に納得のいく方向性を考え
その道を求めながら進んでいきたいと思います。
ここまでお付き合いくださった皆さま
本当にありがとうございます✨✨
今後も自分なりのペースを大事にしながら
一歩一歩マイペースで進んで行きます。
引続きよろしくお願いいたします🥰🍀

コメント